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鑑賞日 2022/03/27  登録日 2022/03/27  評点 - 

鑑賞方法 映画館/埼玉県/イオンシネマ越谷レイクタウン 
3D/字幕 -/字幕
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アリー(袋小路)に迷い込む世界

デル・トロの新作は、彼のこれまでの作品にはない安定した内容でありながら、唯一「怪獣」が登場しない映画だ?と思ったら、なんとラストでその思いが吹き飛ばされた。タイトルのアリーの示すとおり、この映画には廊下や路地などが意識的に示される。そこに迷い込んだ幻想の中で主人公が翻弄される背景に、大恐慌から戦争に向かう世界情勢などが見えてくる。そして父殺しという聖書から続く愚かな人間の欲望と性。極めて現代性をなぞる傑作だったと思う。

(あとはしょうもないので省略してください)

技術的にはデル・トロワールド健在で、見世物小屋というコンセプトはそもままデル・トロの世界である。そこに集う不思議な人物たちはまさにデル・トロが過去に描いた人物たちにも通じている。特に冒頭に出てくるギーグ(獣人)は、デヴィッド・リンチの『エレファント・マン』から始まり『グレイテスト・ショーマン』や『バットマン』シリーズのペンギンなども出どころは同じだろう。どの時代にも自分たちとは違う生き物を見て楽しむという嗜好はある。そしてそれは今も同じだ。

この映画の主人公は、その見世物小屋で読心術を盗む。学ぶというよりは盗む。ここでもまた昨今の映画事情を強引に当て込むと、今年のアカデミー作品賞にノミネート(3月27日現在)された『コーダあいのうた』や『ドライブ・マイ・カー』などと同じ、人とのコミュニケーションが題材とされている。人の心を読むというトリックと、言語や文化の違いから交わらないコミュニケーションの断絶。これこそまさに2016年頃からアメリカを中心に広がったポピュリズムから帝国主義的な戦争へ向かう世界と密接していることを暗示する。まさにウクライナに侵攻している独裁者も、この映画の時代に存在したことを証拠として示している。(チャップリンに似た男が云々というセリフが出てくる。)

主人公が習得した読心術は、各地で高い評価を獲得しセレブリティの世界へ入ってゆく。そこで出会った心理学者、ケイト・ブランシェット演じるリリスという女性。中盤から登場する彼女の一挙手一投足に目が奪われる。真紅の口紅やシルエットまでもが存在感を高める。この女性心理学者に翻弄されて、判事や大金持ちを紹介されてますます高みに上る主人公は、ずっと断っていたアルコールにいつしか依存してゆく。そのアルコールを口に含ませたのもリリスの戦略だったのではなかろうか。ケイト・ブランシェットの演技でとても印象的だったのは、一瞬にして目に涙を溢れさせるシーンがある。カットが早くて気づきにくいが、これはおそらく『万引き家族』で安藤サクラさんが演じたシーンをリスペクトしている。あのときのカンヌ映画祭で委員長を務めたブランシェットは、安藤サクラさんが取調室で涙を溢れさせるシーンに衝撃を受けたと述べている。まさに時と国境を超えて、大女優の演技に刺激を与えたと思しき素晴らしいシーン。

後半はラストに向けて、主人公がどんどん転落してゆくシーンとなるが、ここでも戦争がラジオの向こうから聞こえてくる。チャーチルが宣戦布告をした。全くの偶然だが、このときのチャーチル演説をウクライナのゼレンスキーが真似しているらしい。デル・トロの予言とは言えないが、このあたりにも世界が見えない戦争の危機にあることwデル・トロはもっともよく理解しているのではないかと感じさせる。

戦争の前には恐慌がある。失業状態から這い上がった主人公の嘘が大富豪にバレて彼らを殺し、追われる身となって転落してゆくさまは、いかにも仏教的な輪廻だ。この映画では明確に語られてはいないが、主人公が父親を憎んで殺す、というシーンは、オイディプス王伝説などが象徴するギリシャ神話の流れであり、これもまた過去の多くのドラマや映画で繰り返される悲劇である。父を憎んで殺し、自らの父に成り代わって王となり、自分もまた父とおなじ転落の道を歩む。この輪環構造こそまさに聖書や仏教などの教えに数えられる世界観だ。

見世物小屋で目を覆いたくなるようなギーグがいつしか主人公に重なる。これもまた運命で、結局彼は自らの運命を押しのけることができなかった。貧しきものは貧しいまま。格差は永遠に縮まらない。これはトマ・ピケティの『21世紀の資本』という映画でも明らかにされているが、どんなに努力してもこの隔たりは埋まらない。この現実にコミュニケーションという断絶を介することで、優生論的な人種偏見や帝国主義的な弾圧などが拡散するのだと思う。

この映画ではそこまで言及していないのだが、デル・トロの過去作品、特に『シェイプ・オブ・ウォーター』で到達した世界観を貫く作品として納得できる出来栄えだったと思う。まさに世界は袋小路(アリー)に迷い込んでいるのではないか。